目黑(7)
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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
7尼子家臣安四軍策卷二、目黒義士條蓋安四軍策卷二、目黒義士條 メクロメサキーメタメターメタヒ白文大に「扨て天文十九年十月十三日、杉原·終に城を明退き、雲州へこそ下りけれ。かゝりける所、尼子晴久·目黑新右衞門に五百餘騎を相添へ神邊へ打越え、杉原を見續けと有りければ、目黒長つて御家人多き中に、某甲に仰付けられし條御厚盟、何を以つて報じ候はん。此の度、城を得翼ずば、二度當國の土を踏み申す間敷候と、誓言して出でけるが、路次にて杉原に行逢ひたり。是は如何にと問ふに、しか〓〓の由答え、目黒も又晴久へ御御け申したる趣き物語して、今は勢を率ゐて馳向ひても無差とて、軍兵共をば杉原に差添えて、出雲へ下し、我身は神邊へ打越え、平賀に撿使を乞ひ、君と一言の約に依つて、臣が百年の齡を誤ると云ひて、腹十文字に搔切つて首を延べて待つ。平賀よりの撿使坂新五左衞門·首打落してけり。其の後、首をば出雲へ送りけるとぞ」と。目加田條參願。その他、目黒佐渡守、目黑甚四郞、目黑助次郞、目黒惣六等多く、又上月城に籠る士に目黒助次あり。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)