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北風

提供: 氏族家系データベース
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概要

関連文献

姓氏家系大辞典

攝津兵庫の名族にして、神戶中最も舊家と云ふ。その由緒に據るに、祖先は孝元天皇の孫彥也須命に出で、當代彥一氏に至る九十九代の間連綿として續けりと。而して、神功皇后征韓の時、當時の主彥主は海老蟹を獻じ、從軍し奉る。歸朝の後、功によりて兵庫の地を賜ひ、又御手重と御鐙とを賜はる。此の家の重寶なり。後寶物は、陳列中俄然火災起り、御手重を鳥有に歸したり。然れども御量は今に現在すとぞ。其の後裔、建武の頃に、白藤彥七郞惟村あリ、一族王事に勤む。尊氏四上し、新田義貞と兵庫に戰ふや、惟村は義貞に從ひ、或る夜北風の烈しきに乘じ、敏馬浦(神戶じ取れ岩屋村海岸の地)より乘出し、足利の船を燒き、一時官軍を危急中よリ救ふ。新田義貞之を深く感じ、賜ふに喜多風の姓を以てし、將軍自筆の感狀と、其の佩刀とを賞せられ、佐衞門尉に任ぜらる。義貞又一字を與へ、維村を貞村と改めしむ。其の後、喜多風を北風と改め、代々貞の字を襲ひ、彥一卽ち貞雄に至る迄此を傳ふ。維新じぼて莊右衞門正造あり、王事に盡せし事世の知る所也。此の人實は山城國紀伊郡竹田村の人長谷川氏なりと云ふ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク