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(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁) | (太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁) | ||
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*『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第一:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1879305?page=213 213頁] | |||
*『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第1:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/945803?page=212 212頁] | |||
*『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション):[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/969147?page=215 215頁] | |||
===華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)下巻神別,外別:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/780647?page=24 24頁] | |||
==系図・系譜== | ==系図・系譜== | ||
2026年10月24日 (土) 07:53時点における最新版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
2同上江戶幕臣にして、寛政系譜に二家を載せたり。家傳に「澤井太郞光義の後胤なり」と云ふ。家教瓜の內左三巴、五三桐。久右衞門仲政より系あり。サハイ二六六八後世、當國儒者に澤熊山あり、神戶藩に仕ふ。19大隅の澤氏國分正八幡宮の祠官に澤氏あり、桑幡條を見よ。三國神社傳記に「澤五右衞門」を載せたり。20石見の澤氏佐波氏に同じ、前條を見よ。21雜載此の氏は德川時代、刈谷土井藩側用人、津輕藩重臣、諏訪薄用人たり。又幕府小給地方由緒書に「澤彌十郞」。京極殿給帳に「三百石澤五郞兵衞、六十石澤平兵衞、百石澤半左衞門、」また堀尾山城守給帳に「二百五十石澤助九郞、百五十石澤傳八、百五十石澤五助」等見ゆ。又鯖江藩に「澤十太郞、澤喜策、澤彌一郞」。天保十一年頃、幕下表右筆に澤大三耶香宗我部氏記錄に「澤善助、澤新右衞門。」また幕末幕臣に澤簡線。又山城、攝津、尾張、伊勢、伊賀、美濃、備後、陸前(澤來太郞)、岩磐等にも多く、又丸に三柏、丸に花菱等を家紋とす。澤露川は伊賀の俳人、名古屋住、芭蕉門人澤典學は信濃の儒者、二本松藩に仕ふ。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)
系図綜覧(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第一:213頁
- 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション)第1:212頁
- 『系図綜覧』(国書刊行会編、1915、国立国会図書館デジタルコレクション):215頁
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)下巻神別,外別:24頁