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2026年5月30日 (土) 19:25時点における版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
和名抄、薩摩國出水郡に山内郷を收む。その他、丹波、豐後に山内庄·見え。又山城、相摸、常陸、羽後、医後、備中、間後等に此の名1首屆氏族相撲國鎌倉郡山内より起る。大族也。尊卑分脈に一首藤義通〓を見よ)と載せ、內)、其の子俊通」また山内首藤系圖に「守(スドウ條三〇八四頁順幅守賣通-通義(刑部亟、以上は三〇皇の政を執し、八五頁に詳か也)-俊通(鎌足公·天智天白鳳年中、藤原姓を賜ひ、六藤に分れ、首藤を以つて第一に居く。故に當家の俗名·首藤刑部、首藤三郞等と云ふ。然らば今後通·始めて相摸山内に居住し、其の地を以つて家名と爲し、山内首藤刑部亟俊通と號し、白一文字、黑一文字を家紋と爲す。武家の長·八幡太郞義家の御室は資通の姉たるに依リ、貞任、宗任·御征罸の時、幼少にして義家の幕下に屬す。巳にして奥州に身在る十二年云々。平治亂の時、源義朝に相具し、十二月二十八日、四條河原にて
(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)