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2026年5月30日 (土) 19:23時点における最新版

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

豐前圖字佐郡元重邑(小野條參照)より起リし豪族にして、文明大永の頃には元重繁弘、その後、元重純清あリ。その系圖は、字佐史談に「〓和源氏足利泰氏の後裔、その子頼氏、その子正公、その子朝〓·應安中、横山邑に住す、元重氏の祖也。之れより泰〓(永德)-賴泰(廳永)-賴清(正長)-朝親(文安中、式部少輔、土佐守)-〓親(文明中、六郞左衞門)-〓朝(延德中、越中守、次郞左衞門)-賴親(繁弘、土佐守)-鎭清(永祿中、隱岐守)-鎭頼(天正、兵部丞)-統昌(兵部丞)-統清(慶長中、久右衞門、大庄屋の始)-哉昌(正保、安右衞門)-統哉(寛文、平左奮門) -統任(元祿、安右衛門)-統方(享保、平左と見ゆ。その他武義に衛門)統科統も資歷、大庄屋) -統久(天明統氏(文政、醫)-統長(天保、統音(修庵、3,と又「一代朝〓·〓安七年、菊池氏退治の爲めに九州に下り、當國の人河谷四郞秦親の跡を繼ぎ、横山谷四ヶ名の地百町を傾し、元重氏の統を垂れ、五代朝親·文安の頃大内義興に屬し、土佐守に任ぜられしが、爾來暫く大内氏に隷屬し、九代鎭〓·水藤の頃、大友氏に附き、馬岳の戰、日州高城の攻戰に軍功を樹て、十代兵部丞鎭賴は、當時大內黨の時枝氏と、數次戰つて、大友氏に動功を樹つ。又十二代久右衞門統〓は小倉池の築造に功をたて、其の後大庄屋を會ぜられ、爾來安右衞門哉昌、平左衞門統哉、安右衞門統任、平左衞門統方、安右衞門統綱、平左衞門統光と六代世屬にて大庄屋を勤む。其の後顯〓統成は〓足先生の門人たり」と。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第6巻』磯部甲陽堂(1944年)5678頁)

系図・系譜

関連論文

外部リンク