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「臼間」の版間の差分

提供: 氏族家系データベース
姓氏家系大辞典より自動作成
 
出典表記修正:上巻→第1巻
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肥後國玉名郡臼間庄より起る。この地又白間野庄ともあり、卽ち東壽永三年池大納言家領肥後國珠磨白間野庄と。從つて此の氏も亦白間野とも云ふ。卽ち東鑑建長二年條に臼間野太郞あり。事蹟通考所載白間系圖に「藤原善〓(藤原秀〓の変葉、代々玉名郡白間莊内を領す、白間莊司と稱し、坂下城に居る。墓は坂上村に在り、墓標の銘に慶雲幸公認定門、應仁二年五月十二日とあり)、その後孫宗〓(白野太郞、善〓の後孫、坂上坂下村百七十町を領す)-邦郷(白間能登守、天正十五年佐々成政に背き、誅せられ家滅す)」と見ゆ。猶ほ臼間野條を見よ。
肥後國玉名郡臼間庄より起る。この地又白間野庄ともあり、卽ち東壽永三年池大納言家領肥後國珠磨白間野庄と。從つて此の氏も亦白間野とも云ふ。卽ち東鑑建長二年條に臼間野太郞あり。事蹟通考所載白間系圖に「藤原善〓(藤原秀〓の変葉、代々玉名郡白間莊内を領す、白間莊司と稱し、坂下城に居る。墓は坂上村に在り、墓標の銘に慶雲幸公認定門、應仁二年五月十二日とあり)、その後孫宗〓(白野太郞、善〓の後孫、坂上坂下村百七十町を領す)-邦郷(白間能登守、天正十五年佐々成政に背き、誅せられ家滅す)」と見ゆ。猶ほ臼間野條を見よ。


(太田亮『姓氏家系大辞典 上巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)


==系図・系譜==
==系図・系譜==

2026年5月30日 (土) 08:32時点における版

概要

関連文献

姓氏家系大辞典

肥後國玉名郡臼間庄より起る。この地又白間野庄ともあり、卽ち東壽永三年池大納言家領肥後國珠磨白間野庄と。從つて此の氏も亦白間野とも云ふ。卽ち東鑑建長二年條に臼間野太郞あり。事蹟通考所載白間系圖に「藤原善〓(藤原秀〓の変葉、代々玉名郡白間莊内を領す、白間莊司と稱し、坂下城に居る。墓は坂上村に在り、墓標の銘に慶雲幸公認定門、應仁二年五月十二日とあり)、その後孫宗〓(白野太郞、善〓の後孫、坂上坂下村百七十町を領す)-邦郷(白間能登守、天正十五年佐々成政に背き、誅せられ家滅す)」と見ゆ。猶ほ臼間野條を見よ。

(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)

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