「淺草」の版間の差分
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武蔵の淺草に緣故あるか。桓武平氏重高を祖とすと云ふ。東鑑に「治承五年辛丑七月若宮營作の事其の沙汰有り。而して鎌倉中に於いて然るべき工匠淺川湘兵無し、仍て武藏國後草大工字癖同を召進む可き旨御書を彼所沙汰人等中に下さる云々」と見えたり。アサクチ備中國に淺口郡あり。和名抄安佐久千と註す。 | 武蔵の淺草に緣故あるか。桓武平氏重高を祖とすと云ふ。東鑑に「治承五年辛丑七月若宮營作の事其の沙汰有り。而して鎌倉中に於いて然るべき工匠淺川湘兵無し、仍て武藏國後草大工字癖同を召進む可き旨御書を彼所沙汰人等中に下さる云々」と見えたり。アサクチ備中國に淺口郡あり。和名抄安佐久千と註す。 | ||
(太田亮『姓氏家系大辞典 | (太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)頁不明) | ||
==系図・系譜== | ==系図・系譜== | ||
2026年5月30日 (土) 08:30時点における版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
武蔵の淺草に緣故あるか。桓武平氏重高を祖とすと云ふ。東鑑に「治承五年辛丑七月若宮營作の事其の沙汰有り。而して鎌倉中に於いて然るべき工匠淺川湘兵無し、仍て武藏國後草大工字癖同を召進む可き旨御書を彼所沙汰人等中に下さる云々」と見えたり。アサクチ備中國に淺口郡あり。和名抄安佐久千と註す。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)頁不明)