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*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[8]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552979?page=115 115頁] | |||
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2026年10月23日 (金) 12:41時点における版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
津輕にあり。又武家系圖に「小鹿、清和、今川國氏、九代孫九郞範慶稱之」と見えたり。チシカ條を見よ。紀伊續風土記貴志莊條に「中古西園寺の領となり。地頭に小鹿入道阿念と云ふオカ八二七トうオカ スズーオスウラオカオーオカクチオカクラ-オカサキ八二八人あり」と見ゆ。秀康卿給帳に小鹿又五郞。恩荷オガ羽後國秋田郡男鹿島より起りしならん。齊明紀に歸田蝦夷恩荷あり、アタエソ、アベ、アンドウ條を見よ。義經記に「兩國の大將軍を、おかの大夫と申ける)彼が嫡子栗屋の次郞貞任云々」と雄雅ヲガ阿波名東郡の豪族にて家紋竹丸中に亀甲。尾賀ヲガ尾家ヲカ正訓不明。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第1巻』磯部甲陽堂(1942年)2頁)
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[8]:115頁