「安土」の版間の差分
表示
Wikipedia外部リンクを追加 |
本朝尊卑分脈の該当頁を追加 |
||
| 4行目: | 4行目: | ||
===姓氏家系大辞典=== | ===姓氏家系大辞典=== | ||
近江國蒲生郡の安土城は與地志略に、「安土山高さ二町許、廻り一里半餘、頂上に天守あり。今にその跡石垣等の跡顯然たり。本丸二の丸三の丸等の間數高家康公及び羽柴秀吉、低詳にしりがたし。武藤助左衞門、青木加賀右衞門、中條將監、武井肥後、織田信忠、長谷川竹、織田七兵衞森蘭丸、福岡平左衞門、市橋九郞左衞門、菅谷九右衞門、堀久太郞が屋敷跡有。安土山の內に薬師山、笛吹尾、源左衞門鼻、梅谷、あみか鼻、われ尾、水尾など云處あリ、悉く書し離し。抑此城は織田信長下知して惟任五郞左衞門長秀奉行す。天正四年建營、同十一年六月十四日、明智左馬助天守に火を放ち灰燼となる、」と。志摩國に此の氏あり。 | 近江國蒲生郡の安土城は與地志略に、「安土山高さ二町許、廻り一里半餘、頂上に天守あり。今にその跡石垣等の跡顯然たり。本丸二の丸三の丸等の間數高家康公及び羽柴秀吉、低詳にしりがたし。武藤助左衞門、青木加賀右衞門、中條將監、武井肥後、織田信忠、長谷川竹、織田七兵衞森蘭丸、福岡平左衞門、市橋九郞左衞門、菅谷九右衞門、堀久太郞が屋敷跡有。安土山の內に薬師山、笛吹尾、源左衞門鼻、梅谷、あみか鼻、われ尾、水尾など云處あリ、悉く書し離し。抑此城は織田信長下知して惟任五郞左衞門長秀奉行す。天正四年建營、同十一年六月十四日、明智左馬助天守に火を放ち灰燼となる、」と。志摩國に此の氏あり。 | ||
===尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[2]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552973?page=25 25頁] | |||
*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[6]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552977?page=14 14頁] | |||
==系図・系譜== | ==系図・系譜== | ||
2026年10月23日 (金) 12:41時点における版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
近江國蒲生郡の安土城は與地志略に、「安土山高さ二町許、廻り一里半餘、頂上に天守あり。今にその跡石垣等の跡顯然たり。本丸二の丸三の丸等の間數高家康公及び羽柴秀吉、低詳にしりがたし。武藤助左衞門、青木加賀右衞門、中條將監、武井肥後、織田信忠、長谷川竹、織田七兵衞森蘭丸、福岡平左衞門、市橋九郞左衞門、菅谷九右衞門、堀久太郞が屋敷跡有。安土山の內に薬師山、笛吹尾、源左衞門鼻、梅谷、あみか鼻、われ尾、水尾など云處あリ、悉く書し離し。抑此城は織田信長下知して惟任五郞左衞門長秀奉行す。天正四年建營、同十一年六月十四日、明智左馬助天守に火を放ち灰燼となる、」と。志摩國に此の氏あり。