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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
備前、美作等に存す。美作國勝田郡河邊色國定氏は其の系統を知らずと雖も、足利義滿の時代、國定三郞左衞門なるもの、此の地に來り、遂に定着したるものにして、弘和三年三月卒す。それよリ數代の後に至リ、森侯の入國となり。正保の比より、累世庄屋を動め、松平領となりて中庄屋となる(名門集)とぞ。又上野國佐位郡に國定邑あり。幕政の季に、博徒忠次といふ者あり。謂ゆる上州長脇差の魁たり。一時は名ありしも、終に官に捕へられ、前橋城下大渡關に礫殺せらる。天台宗養壽寺境內に忠治の墳墓あり。又その子、維新の際、王事に盡せしと傳へらる。
(太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁)