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概要
関連文献
姓氏家系大辞典
に居り、津輕六郡を領せり」と又義經·公に依賴して、一時此の地にありたり」と云ひ、又「興國元年八月、興風起り、樣部津輕の地漂沒して死亡十萬人、此の時十三城も破壞す。城主十三高左衞門秀光、式部少輔秀輔は中別所へ移る。大光寺へ移る。第玄蕃頭祐之を津輕の兩管領といふ」かならず。など傳ふれど、詳左衞門信直の末裔といふ老人、又異聞錄にはに住み、下久慈右京亮光信公を聟にす」「文明の末に方つて、大浦種里十三など見ゆ。大浦、津輕、大光寺等の條に詳かなり
(太田亮『姓氏家系大辞典 第3巻』磯部甲陽堂(1943年)2279頁)