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*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[2]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552973?page=25 25頁] | *『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[2]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552973?page=25 25頁] | ||
*『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[6]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552977?page=14 14頁] | *『本朝尊卑分脈』(洞院公定撰、写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[6]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2552977?page=14 14頁] | ||
===本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『本朝武家諸姓分脈系図』(写本、国立国会図書館デジタルコレクション)巻[120]:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2593392?page=18 18頁]、[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/2593392?page=51 51頁] | |||
===華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治15年)下巻:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1152006?page=195 195頁] | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治16年)上巻:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1152015?page=86 86頁] | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之2:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1152049?page=141 141頁] | |||
*『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/780646?page=145 145頁] | |||
===新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)=== | |||
*『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)上(巻1-10):[https://lab.ndl.go.jp/dl/book/1086593?page=88 88頁] | |||
==系図・系譜== | ==系図・系譜== | ||
2026年10月24日 (土) 07:39時点における最新版
概要
関連文献
姓氏家系大辞典
近江國蒲生郡の安土城は與地志略に、「安土山高さ二町許、廻り一里半餘、頂上に天守あり。今にその跡石垣等の跡顯然たり。本丸二の丸三の丸等の間數高家康公及び羽柴秀吉、低詳にしりがたし。武藤助左衞門、青木加賀右衞門、中條將監、武井肥後、織田信忠、長谷川竹、織田七兵衞森蘭丸、福岡平左衞門、市橋九郞左衞門、菅谷九右衞門、堀久太郞が屋敷跡有。安土山の內に薬師山、笛吹尾、源左衞門鼻、梅谷、あみか鼻、われ尾、水尾など云處あリ、悉く書し離し。抑此城は織田信長下知して惟任五郞左衞門長秀奉行す。天正四年建營、同十一年六月十四日、明智左馬助天守に火を放ち灰燼となる、」と。志摩國に此の氏あり。
尊卑分脈(記事名の出現頁・OCR照合)
本朝武家諸姓分脈系図(記事名の出現頁・OCR照合)
華族類別譜(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治15年)下巻:195頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)(明治16年)上巻:86頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)附録 巻之2:141頁
- 『華族類別譜』(柴山典編、1884、国立国会図書館デジタルコレクション)上巻皇別:145頁
新撰姓氏録考証(記事名の出現頁・OCR照合)
- 『新撰姓氏録考証』(栗田寛著、1900、国立国会図書館デジタルコレクション)上(巻1-10):88頁