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==概要== ==関連文献== ===姓氏家系大辞典=== 6遠江の片桐氏當國磐田郡に片桐氏あリ、他にも存す。信濃片桐氏の族なるべLo天野虎景、義元加判文書に片切彦三郞·見ゆ。この國片桐氏の系譜、風土記傳にあり。次の如し。片桐系譜「保元平治之時、信濃國伊奈郡片桐城主片桐小八郞景重-爲光(片桐治郞)-廿一代孫爲元(片桐玄審亮)-一男片桐助作(名を市正且元と改む。元龜元年、片桐城沒落、兄弟奥山部内戸口村に〓居し、後太關に仕ふ)」と。次に「爲元二男、片桐助馬&名權右衞門家正、兄と同所に發居す。天正二年子十二月濱松城神君に仕へ、奥山御代官となり、於油一色知行五百石)-勘十郞(關ヶ原討死)」と載せ、又「爲元三男桐片片桐熊藏 カタキリー片桐與兵衞正之(右馬介、關ヶ原陳御供、後、奥山〓大井村間庄に於いて地を拜領す。則ち公門家片桐氏の祖也) -右馬亮正吉(慶長十九年大阪陣の時、安藤帶刀の手先、鐵砲五十人組頭、寅卯二年御陣二百日仕ふ、書記家に傳ふ)」と。次に「爲元四男片桐八大夫(戶口村住)」と載せたり。これより前、片桐權右衞門家正あり、永祿三年德川氏の命により、水卷城を燒く、オクヤマ條を見よ。 (太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁) ==系図・系譜== ==関連論文== ==外部リンク== [[Category:地域別/]] [[Category:氏族系統/]] [[Category:出自別/]] * [https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=直&from=rank 名字由来net:直]
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