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==概要== ==関連文献== ===姓氏家系大辞典=== 筑後の豪族にして、山門郡松延城に據る。筑後國史に「松延村城跡、村の西北にあり。方二町餘天正十二年、樺島(本書樺を糀に作る。實記は賀庭島に作り、物語には樺島に作る、今之に據り之を訂す、下之に効へ)式部、此の城に據りて、鑑廣の爲に肥寇を防ぐ。立齋公入國の時、式部、檀大炊分兩士深恩を公に受く。肥後退去の時、兩士萬恩を忘れずして貢獻す。田中公傳へ聞きて、これを憤り、兩士を斬罪に處す。公歸城の後、其の子に懸命の地を玉ふ。禮氏今本郷村大庄屋たり、島氏は今當村庄屋、准大庄屋たり。田中公不仁にして不辜を殺す。未だ幾くならずして、子孫永く絕たり。兩士忠義を守りて、水く祭祀を奉ず。謂つべし仁不仁、同日にして語るべからず、」と見ゆ。 (太田亮『姓氏家系大辞典 第2巻』磯部甲陽堂(1943年)1151頁) ==系図・系譜== ==関連論文== ==外部リンク== [[Category:地域別/]] [[Category:氏族系統/]] [[Category:出自別/]] * [https://myoji-yurai.net/searchResult.htm?myojiKanji=樺島&from=rank 名字由来net:樺島]
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